パートナーセールスがうまく回らないとき、最も多い誤診は「パートナー企業との関係が悪いからだ」というものです。けれど、企業同士の関係は良好なのに現場でまったく動かない、というケースは珍しくありません。
その原因はほぼ確実にひとつです ── インセンティブの二重性 を見落としているのです。この章では、4層構造の中で動いている2つの動機線を分解し、それぞれを動かす制度設計に踏み込みます。
4層構造を改めて言葉にする
パートナーセールスの構造は、4つの層で記述できます。
- ベンダー 自社。プロダクトを作り、パートナー企業と契約する
- パートナー企業 契約相手の組織。経営層が「何を扱うか」を決める
- 担当者 パートナー企業の中で、現場でエンドユーザーに対峙する営業
- エンドユーザー 最終購入者。実際に契約・利用する企業
重要なのは2層目と3層目を 分けて見ること です。多くの組織で、この2つは「パートナー」とひとくくりにされています。けれど、企業としての意思決定と、担当者個人の動機は、別の論理で動いています。
企業の意思 ≠ 担当者個人の意思
パートナー企業の経営層が「今期は御社の商材を強化する」と決めたとして、それで現場の営業が動くかと言えば、動きません。現場には現場の予算があり、その予算に最も近づく行動が選ばれます。
この二重性を、業界登壇者は明確に運用に組み込んでいます。
会社が売りたい商材と、現場の担当者が「持たされている KPI」は、別物として扱われています。これは少数派の運用ではなく、パートナー売上比率9割超の企業がベストプラクティスとして語っている標準的な考え方です。
さらに、もっと普遍的な現実があります。
営業担当は誰しも、自分の評価軸に最適化して動きます。これは怠慢でも不誠実でもなく、評価制度を背負わされている人間の合理的な行動です。だから、企業契約レベルでマージンが設定されていても、それが個人の評価に反映されなければ、現場は動きません。
「リカーリング売上が個人成績にヒットしない」という典型
二重性が最も鮮明に見える論点が、SaaSクラウド型ソフトウェア のリカーリング売上です。月額課金の継続収益は、パートナー企業全体の P/L には貢献しますが、個別の月次成績には現れにくい構造になっています。
会社にとって価値が大きい売上(継続課金)が、個人成績では小さく見える ── これは典型的な二重性問題です。SaaS ベンダー側がいくら「LTV が高い」「契約継続率が良い」と語っても、現場の月次評価軸に乗らないものは、現場では売られません。
主商材との単価差で「相対的に小さく」なる
二重性のもうひとつのパターンは、パートナー企業の主商材と自社商材の 単価差 です。パートナーの本業が高単価のハードウェアや業務システムだった場合、SaaS のマージンは個人評価軸の中で相対的に小さくなります。
半期で数千万〜数億円の個人目標を背負っている営業にとって、SaaS のマージンは桁が違います。「マージン率」ではなく「絶対額の重み」で見たとき、自分の評価軸に対して無視できる小ささであれば、売られません。これも、企業契約レベルでは見えない、現場の力学です。
二重構造を意識した制度設計
二重性を前提にすると、制度設計の出発点が変わります。「企業同士の契約条件をどう詰めるか」ではなく「現場の担当者個人にとって、どう動きやすいか」が起点になります。
ここで意外なのは、必ずしも「マージンを高くすれば売られる」わけではないという点です。
紹介しやすさ(説明の手間が少ない、断られにくい)や、顧客に勧めやすい価格帯。これらは 非金銭的なインセンティブ です。現場の担当者が「自分の顧客との関係を損なわず、楽に提案できる」状態を作ることが、マージン額そのものより効きます。
報酬制度のレイヤー化という実装もあります。
固定報酬では現場が動かない、という前提に立って、ショット報酬(短期インセンティブ)とストック報酬(継続インセンティブ)を組み合わせています。企業契約レベルではなく、現場の月次インセンティブのレイヤーで設計し直されているのが特徴です。
二重性を見えるようにすると、何が変わるか
二重性を制度に組み込むには、その前段として「いま現場で何が起きているか」が 見える 必要があります。
・このパートナー企業の経営方針は何か
・その下にいる担当者は、どんな KPI を背負っているか
・自社商材は、その KPI に対してどう寄与するか
・寄与しないなら、どんな代替インセンティブが効くか
これらは、契約書には書かれていません。日々のチャット、現場との雑談、勉強会での反応、提案書の往復 ── そうした 日常のやり取り の中に断片として現れます。けれど、断片のままでは制度設計には使えません。
二重性を扱うには、企業レイヤーと担当者個人レイヤーの両方を、構造化された記録として持つことが前提になります。「あの会社のあの人は、いま何を売らされているか」 ── これが見えれば、二重性は対処可能な変数になります。見えていなければ、ただの「うちのパートナーは動かない」という結果論で終わります。
そして、二重性を扱うためには「企業レイヤー」と「担当者個人レイヤー」を別々に観測・記録できる仕組みが必要です。次章 ── A4 では、この観測対象を Tier階層・重要度ランク という形で構造化し、感覚で運用されてきた「重点パートナー」を再現可能な判定軸に置き換える方法を扱います。
- KPIケー・ピー・アイ
- Key Performance Indicator。組織や事業の業績を測る主要な指標。
- SaaSサース
- Software as a Service。クラウド上でソフトウェアを提供する形態。Salesforce、HubSpot、Slack 等。
- Tierティア
- パートナーを重要度別に分類する区分(Tier 1 / 2 / 3 など)。重点パートナー設計の基本概念。